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ホテル・旅館業界 IR年鑑2020&2021


環境の変化にぶれない施設投資戦略とは


日頃「黒子のアドバイザー」としての役割を目指している。場面は、宿泊施設における投資家・事業主・オペレーターの新築・リノベーション機会に対してである。新築・リノベーション機会と言っても内容は広範囲となる。さらに、各企業において、業界ポジション・事業方針、さらには、取り巻く環境の変化等、様々なシチュエーションで投資手法は大きく異なる。ここでは、環境の変化にぶれない施設投資戦略としてその一部を紹介し(周知されていることも含め)理解促進に繋がれば幸いである。

宿泊施設の環境の変化

環境の変化は、まず、2000年以降日本は国内施策において観光事業を大きな柱としてビジット・ジャパン・キャンペーン(2003年4月1日発足)に取組むことを宣言し、邁進してきたことである。

 

その概要は、観光事業において訪日外国人旅行者を2010年に1000万人にして(当時年間約500万人に留まっていた訪日外国人を倍増させ、日本からの海外旅行者年間約1600万人とのギャップを縮小する)観光立国を目指す構想であった。

 

この構想を実現すべく政府は次から次へと施策を発信し、民間企業もその大方針に則って事業の展望を描き始めた。結果、インバウンドは既に3000万人を超えている。以下にすでに業界のみならず世間的に周知の事実としての取組み事例である代表的な施策事項を記載した。

・ビザ緩和

2013年からビザの緩和を東南アジア諸国をはじめ入国しやすい環境造りに着手。さらに、滞在期間を長期とするための施策も導入。

 

・LCC施策

2012年~2013年から外資系LCC(ローコストキャリア)の国際線参入が活発化。これにより、国内の地方空港は直行便の受け入れ態勢に着手。

 

・民泊新法

2018年民泊新法が承認され、空き家対策と同時に民泊業への参入が一気に拡散。

 

・容積率緩和

容積率緩和を促す国土交通省の通知を受けて、東京都ではホテル不足の解消に役に立てるためホテル用地の容積率を原則として最大300%上乗せする運用基準を発信。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて高層建築物でホテルの建設が容易に。

このように環境の変化から、民間企業はその意向に則って宿泊施設(ホテル・簡易宿所・民泊等)の建築に舵を切ったのは言うまでもない。分譲・賃貸マンションをつくるなら宿泊施設にと多くのディベロッパーや個人投資家が新規に参入した。このような不動産業界の動きの中で、宿泊主体型ホテル(ビジネスホテル等)・簡易宿所(キャビン型等)・民泊(1棟貸)等の用地を求めて多種多様な企業が参入し、次から次へと建築したのである。

取り巻く大きなリスク

宿泊施設の環境の変化において、『取り巻く大きなリスク』について述べたい。その根本的な課題が、人口急減と超高齢化社会到来が抱える問題である。内閣府発信を引用し概要を紹介する。

(1)経済規模の縮小

経済活動はその担い手である生産労働人口に大きく左右される。日本の人口はピークを越え、生産労働人口は2014年6587万人であったが、2030年5683万人、2060年3795万人と加速的に減少すると推察されている。総人口比率で生産労働人口をみると、2014年約52%から2060年約44%に低下する。つまり、生産労働人口よりも支えられる人が多くなる。これにより、国内市場の縮小が起きると投資の魅力も低下し成長そのものが縮小スパイラル化するのである。

 

(2)基礎自治体担い手の減少

 

地方人口は年々減少していることは東京圏の一極集中化を止められていない現実がある。毎年、地方から東京圏へ人口が移動してるが、2040年に20~30代の女性人口が対2010年比で50%以上減少する自治体が896市町村(全体の約50%)、うち2040年に地方自治体の総人口が1万人未満となる地方自治体は523市町村(全体の約30%)と推計されている。

 

(3)社会保障制度と財政の持続可能性

等がリスクのメインテーマである。

 (※内閣府発信:人口・経済・地域社会の将来像から一部引用)

この大きな日本国内の人口問題・生産労働人口問題が背景として、日本の経済を支えるためには日本国外から訪日外国人を急増させることに繋がる。国内消費活動を先導し、経済活性化の一部を担うことが重要施策として推進されている。

 

インバウンド(訪日外国人)が急増すれば、国内の受け皿として宿泊施設の増加が求められる。ここでも、インバウンド対応として外国語の対応、宿泊施設での働き手の確保、等はインバウンドの力に頼らざるを得ないのも現実である。

 

また、インバウンドは国内事情とは異なる力学が働きその市場は大きく変動するリスクがある。過去にも様々な事由があった。湾岸戦争・SARS(重症急性呼吸器症候群)・リーマンショック・新型コロナウイルス等、国外で起きた事象が原因で日本国内にも影響を及ぼした。さらには、バブル崩壊や未曽有の大災害(地震・津波・台風)に見舞われ観光産業はダメージを受けてきた。観光事業(サービス産業)はこのように大きなリスクの影響を受けやすいことをしっかり認識しなくてはならない。

 

さらに、インバウンドの急増とともに国内市場について注視しておかなければならない。一昨年、昨年とインバウンドが主たる国内観光地を席捲してきた一方で国内観光市場は伸びていない。むしろ、減少傾向と言っていい状況である。本来、国内ではアクティブシニア層の掘起しが大きな市場に繋がることは周知の通りであるが、インバウンドによる観光地の環境的な変化を嫌う傾向がある。日本人は国内観光地のあり様から多くの人達は戸惑い敬遠していると推察される。このようにインバウンド急増がもたらすリスクが根底にあることを踏まえながら施策を考えなければならない。

 

この寄稿原稿執筆中に新型コロナウイルス問題は急拡大を続けており観光業界は大きなダメージを受けている。発刊時には終息していることを願うばかりである。

ぶれない投資戦略とは

投資は意図するところが当事者でなければ分からないことが多いが、短期投資をするケースは分かり易い側面も多い。なぜならば、インプレッションが求められるからである。既存の描かれているイメージを一旦白いキャンパスに戻す。そこにあらたに象徴的イメージを表現することがリブランドの分かりやすいインプレッションを与え、イメージ戦略に繋がるからである。その際、単純にインプレッション(≒大きなインパクト)を与えることは簡単である。一つの手法として奇をてらうことが得意な設計者・デザイナーに依頼すれば良い。

 

その戦略(奇をてらう)を取るのか否かはそもそものポジショニング戦略と出口戦略で判断が大きく異なるのである。下記の図式は、出口戦略は明確であり、投資する上でどのような付加される判断材料があるのかを示したものである。

 

※ここでは投資のケーススタディとして4パターンを説明している が、実際はもっと細分化される。従って4パターンと同時に鑑みなけれ ばならない細目を含め投資戦略を熟考しなければならない。


投資ポジションは施設の保有期間や役割により異なる環境に置かれるが、少なくともこの図のパターンがベースになる。ここに、さらなる差別化やベンチマークを意識した戦略や独自性を反映することはあり得る。根底が揺らぎない石垣で築かれていれば投資戦略としては大きく道から逸れることはない。経年に起きるリスク(市況の変化、災害・事故等)に対して柔軟に対処し易い環境が保たれる。

 

[短期リフレッシュとは、コマーシャル投資]

コマーシャルは、商品の売れ時を見計らって短期的に広告宣伝を集中投下し消費者への認知を刷り込むことが目的にある。つまり、その商品戦略は一時的にではあっても時代の潮流を創る効果がある。或いは、商業施設(ファッション世界)の一部にその機能を持つことがステータスに繋がることもある。これらは、新築でもリノベーションでも可能性はあり、投資段階の物件評価次第で判断される場合が多いのも事実である。つまり、コマーシャル投資は企業のオリジナル分野において何を発信し世に波及効果をもたらすのかを意図的に想像している世界観と理解できる。

 

[維持管理とは、施設環境保全のための保守営繕]

保守営繕は、比較的突発的な事象も含め経年劣化による安全性が損なわれる現象(障害事項・設備機器類の機能不全、仕上材の劣化等)による施設空間的課題事項などが対象となる。投資の観点から難しいところは、躯体・内装・FFE・保守点検(消耗部資材含)の持ち分(投資家・事業主・オペレーター)がステークホルダーの考え方の違いからプロジェクト案件ごとに異なることである。よくオペレーターの事業収支原価には保守営繕が含まれているが起きた現象によっては異なる持ち分で安易に対応出来ないこともあり得るのである。

 

[環境トレンドとは、その時代に求められていることを考慮する投資]

時代的に求められるケースは、例えば、安心安全のための耐震改修、高齢化社会における福祉的バリアフリー、産業廃棄物汚染から来るリサイクル問題、省エネルギーへの取組み等があげられる。時代性を鑑みることは非常に難しい。バリアフリーの場合、専用客室を付帯していてもオリンピック・パラリンピックの開催時は対応できる範囲を超えてくる。また、働き方改革のようにワーカーが活動しやすいサテライト機能を社会の共有空間として提供することもある。つまり、CSRの取組み方、企業ミッションとしてチャレンジする姿勢が大きな要素である。(CSR:企業の社会的責任)

 

[長期ビジョンとは、中長期的戦略により日常的な保守管理含め推進する投資]

長期ビジョンは一般的にライフサイクルコストと認識されやすい。宿泊施設(ホテル等)は、社会的に広く開放された環境で、不特定多数の顧客やそこで働くワーカー、取引先などが多くの時間を過ごしている環境である。その空間全体をいかに快適に維持し続けることが出来るかが重要なテーマである。この空間は、安心安全面の環境を提供し続ける責任があり、インフラをコントロールすることは非常に重要な業務である。また、時代性を読み解く力も必要であり、空間機能は消費市場(婚礼・宴会等)により柔軟に変化させることが肝要である。

潤滑油の役割が絶対的なキーパーソン

テーマに「環境の変化にぶれない施設投資判断」と表現したが、投資戦略の方向を定めるためには、多岐にわたるステークホルダーの存在がある。投資家、事業主、貸主、運営、パートナー等々異なるポジションに沢山関わりを持つ人たちが存在する。この人たちの意思、理解、納得など力学的な背景を鑑み乍ら舵取りをすることが必要となるのである。

 

従って、企業と企業、人と人の潤滑油的な存在がとても重要である。判断すべき材料が分かっても、正しくコーディネートする役割が存在しないと具現化は難しいのである。具体的に言えば、プロジェクトのステークホルダーメンバーにもよるだろうが、概ね投資側と運営側(オペレーター)は対極的な存在となり易い。創りたい施設と運営できる施設は考え方に齟齬が生じ易いからだ。然し乍ら、一般的には投資家は自分達が創りたい(企業ミッション・方針に沿った)施設を設計者に依頼したい。なぜなら、設計者に無限の可能性があるからだ。残念ながら設計者は、大げさに言えば巨大なアート作品を創り上げてしまうことがある。運営側は、開業時期から遡り1年か半年かの期間で準備に入る。その時点ではハード環境を覆すことは至難の業である。

 

故に、運営側は建築中(orリノベーション中)であるハード環境を受け入れ、対立した意見を如何に消化しながら開業準備を進めていくのかが生みの苦しみになる。このような環境における潤滑油の存在は実は明確には存在しない。

 

PM(プロジェクトマネジメント)・CM(コンストラクションマネジメント)は確定した各種ハードな要素を如何に工程期間内に予算内に収めていくかに専念する存在だ。もっと早い時期に、まだ、投資内容が確定する前に、青写真を準備する段階から潤滑油として機能するキーパーソンが必要なのである。

ここで重要なのはキーパーソンは黒子の存在として機能することがベストと考える。なぜなら、設計者やデザイナーと対立軸に立つのではハレーションが起きるばかりで火に油を注ぐことになるのは明らかだからだ。黒子のポジションは、投資家・事業主・運営側のバックに控え適切なアドバイスを都度することが期待され求められる。

 

イメージ図はステークホルダーを歯車に置き換えている。歯車は一見反対方向に回るように見えてしまうが、大歯車が回り始めると順番に中歯車・小歯車が適正に起動することが分かる。黒子の潤滑油の役割は以上のように様々な施設の投資判断のタイミングに如何に適切なアドバイスをし、その目的性を鑑み後々に良い結果をもたらすかが肝要である。そのためには早期の段階から黒子としてクライアントの環境に入り込み企業の基本的な考え方を理解し消化する。そのうえで与えられたミッションに対して適正化を図るためにあらゆる角度からアドバイスを行い、結果、投資の最適化を具現化していく。

 

 

※歯車は適正な回転が求められるが、誤るとステークホルダー全員が真逆に回転してしまう。


昨今既存施設(小学校、オフィスビル、賃貸マンション、等)が閉鎖され廃墟状態のままであり、売却が出来ずに解体を待つ建築物もある。スクラップアンドビルドは地球環境に産業廃棄物を多く排出するため難しく、結果解体もままならず放置されることがある。

 

企業の取組みとして、そのようなプロジェクトに参画できた場合には、建築物の再生に投資として、施設機能として、運営面として、可能性を模索検討できれば社会的にも意義深い。時代の流れとともにコンバージョンにより既存建築物の解体を一部分に留め新たな命を吹き込む取り組みが散見される。

さらには、地球温暖化問題、エネルギー問題、AI問題など地球規模で課題は沢山あるが、何が最適な投資と言えるのかをプロジェクト案件ごとにしっかり考えて寄与できれば幸いである。 

文:いごこちマネジメント株式会社 代表取締役 馬渡伸之
掲載: ーIR通信別冊「ホテル&旅館業界IR年鑑2020&2021」掲載

いごこちマネジメント株式会社

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